暗号技術入門−秘密の国のアリス

暗号技術入門-秘密の国のアリス

暗号技術入門-秘密の国のアリス

またしてもアリス本です。
今度は暗号技術の本です。副題にアリスの名がありますが「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」とはほとんど関係がないです。

著者は 結城 浩氏。yukiwikiの作者でもありますね。氏のHPをみると分かりますが、プログラマであり物書きでもある方です。私が尊敬するテクニカルライターの一人でもあります。著書は基本的にプログラムに関係ある書籍ですが、単にテクニカルライターとしてというより「物書き」という表現が似合うと思います。つまり文章力に於いてとても秀でていると思うのです。この方の文章には味があると思います。読んでいて気持ちが落ち着くのです。書いてらっしゃらないようですが、もし小説を書いたなら文体だけで好きになれそうな気がするのです。

著者の紹介はこれくらいにして、本の内容について紹介したいと思います。題名の通り暗号技術への入門書としてはバランスのとれた名著だと思います。数学的基礎についてできるだけ前提知識が無くても大丈夫なように丁寧な解説がありますし、より難解な部分へは深入りせず省いています。またこの解説でも理解できない人がいたとしても困らないように「つまり○○ということになります」と数学的事実が暗号にとってどういう意味を持つのかをまとめていてとても親切だと思います。
それから暗号の分野の専門用語(だと思う)をできるだけそのまま使いつつ(英語表記と日本語の訳語の両方を明記して)、その意味を平易に表現されていて、ここに費されている労力は大変なものだと思います。

ひとくちに「暗号技術」とはいいますが、「対称暗号」「公開鍵暗号」「一方向ハッシュ関数」「メッセージ認証コード」「デジタル署名」「疑似乱数生成器」という6つの技術の集合として説明されています。単に暗号化するだけではないのです。これらの技術で守るべきものも、「盗聴」から情報を守る「機密性」、情報の「改竄」を検出して防ぐ「真正性」、「なりすまし」を見破る「認証」、「否認」を防ぎ「第三者への証明」を可能にする「署名」というように、暗号技術がどんな攻撃を防ぎどんな価値を与えてくれるのか明快になります。また技術の基盤を学ぶことでその技術の利点と同時に欠点も分かります。

現代はPCを使用する以上セキュリティーについて無知ではいられない時代になっていると思います。本書で暗号技術の基礎を学べば普段よく耳にする技術がどの程度信頼がおけるのか検証できるかもしれません。ただやはり多少はコンピュータの知識が無いと読みづらいのではないかと思います。とても平易に書かれていて図解も多いのでほとんど前提知識はいらないとはいえ、たとえば私の両親がこの本を読んでくれるかと考えると、たぶんこれだけの活字に目を通してくれないでしょう。今身近で一番セキュリティーについて学んで欲しいのは両親なんですが……。たぶんそのためにはこの内容をさらにかみ砕いて、マンガかアニメにしないと観てもらえないんではないかと思います。
本書の中にも書いてありますが、セキュリティーの強さというのはいろいろな要因のうちもっとも弱い部分の強度で決まります。そして大抵それは人間のセキュリティー管理にあるはずです。最近両親もPCを持ちブロードバンドでインターネットと接続しているので、最低限のことは知っておいて欲しいのですが。

私も読んでいるうちに気が滅入ってきたのですが、そもそも私たちはPCを活用していろいろ有用なことをしたいのであって、セキュリティーを固めるためにPCを購入してブロードバンドに繋げるわけではないはずです。
現代の暗号技術がこんなに発達しているのかと感心する一方で、僅かながら何でこんなことに注力しなきゃいけないんだろうと虚しい気分になってしまう部分もありました。まあ技術の発展自体は素晴らしいことだと思いますが。