海を見る人

海を見る人 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

海を見る人 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

「海を見る人」は「玩具修理者」で第2回日本ホラー小説大賞 短編賞を受賞した小林泰三氏の短編集です。ちなみに第2回ホラー小説大賞 長編賞は瀬名秀明氏の「パラサイト・イブ」です。こちらは映画やゲームの原作にもなっているのでご存じの人も多いことでしょう。私も当時生物系の学生だったので興味から読みました。その解説から「玩具修理者」は異色の怪作というような紹介のされ方をしていたのでこれも読んだ、というのがこの作家さんの作品との出会いでした。

玩具修理者」は確かにホラーでしたが、当時はやっていた「リング」「らせん」のような恐怖を誘うものではなくて、グロテスクな描写や不条理な場面から薄ら気味悪さを感じさせるような作品でした。短編なので単行本/文庫本では「酔歩する男」という作品も掲載されていましたが、こちらはタイムスリップとパラドックスを題材とした奇妙な雰囲気を醸し出す作品で、個人的にはこちらの方が強烈な印象を残す作品でした。
「海を見る人」はこの「酔歩する男」のイメージにより近い短編集です。あとがきには「ハードSF」というジャンルだと書いていますが、要するに科学的根拠の説明に重きを置いたSFということのようです。
その主張の通り各作品にはそれぞれ"Edge of Chaos"(カオスの縁)、ブラックホール、力学(コリオリ力・ラグランジェ点)、仮想現実(ヴァーチャルリアリティー)、相対性力学、超ひも理論とそれにまつわる因果律問題など、物理から生物学(たぶんEdge of Chaosは生物学の分野?)まで広範な分野のトピックをもとにしつつストーリーを展開しています。正直なかには設定に寄りかかりすぎてストーリーとして成り立っていないものもありますが、たぶん好きな人にはこの設定の科学的根拠の緻密さがたまらないのでしょう。私もカオスを題材にした「時計の中のレンズ」と仮想現実を題材とした「キャッシュ」は多少背景が分かるので、よく作ってあるなぁと感心できました。他の作品については科学的根拠を完全に理解できないものも多いのでどこまでが正式な理論なのか見分けがつきませんでしたが。
新書版としてはやや値の張る方ですが内容からして高すぎると言うことはないかと思います。