狂骨の夢

文庫版 狂骨の夢 (講談社文庫)

文庫版 狂骨の夢 (講談社文庫)

こんなぶ厚い作品ばかりなのにあたりはずれがある作家さんなんて、ヒドいよ。と前半は思っていました。ごめんなさい。やっぱりこれも良作でした。

「匣」は本来関係のないいくつかの事件が偶然絡みあった結果なんだかよくわからない謎な事件を演出してしまったという話で、それを京極堂が解きほぐすことで「憑き物落とし」が行なわれますが、本作は丁度反対に一見関係ない事象が実際には繋っている、というまあぶっちゃけよくあるタイプの謎解きです。

前半では朱美という女性に関する同じような、でも微妙にずれのある物語が何度も話者をかえて語られ、ここで若干の違和感を覚えつつ「何度この話を繰り返すんだよ」と思うことうけあいです。だって京極堂が登場しないままこのいわばネタ振り部分が半分近くまで続くんですよ。半分と言ったってこの本だと普通の文庫本なら1.5〜2冊くらいにはなります。まあ大抵はこの時点でトリックのメインのネタは割れると思いますが*1、心配しなくてももっと大量のネタが仕込まれています。

しかし、「匣」と比べてしまうとこの話の構造は難しいところがありますよね。冒頭から提示される個別の事象は関係性もなく、またなんとなく腑に落ちないところを残しつつも一応けりがついている形になっている。別にそのままでもいいようなものだけど、なんだか違和感があるんだよなー、というもやもやを抱えつつ「憑き物落とし」に入るのですけど、繋ぎ合わせるべきパーツがあちこちにありすぎるのでテンポがよくできない。「匣」の時のようにひとつの言葉が提示された瞬間にバチッと全てが明瞭になるカタルシスは得にくく、全然関係なさそうな話から徐々に全体像に繋げてくるソフトランディングです。多分「あれ」も劇的なポイントのひとつだったのでしょうけど、さすがにあそこまでいくと予想はついてしまうでしょうし、そういう点では「匣」の傑作っぷりを前に代表作の座を譲ってしまうのもわかります。

まあ結論としては、長いし途中で不安になるかもしれないけど、心配ないからとりあえず最後まで読めということです。

*1:最初の章を読んだだけでも井上夢人の「プラスティック」が頭に浮びましたし