十二国記 図南の翼

実は去年の年末から今年の始めにかけてちょっと気になったシリーズものの小説がありました。それが小野不由美さんの十二国記シリーズです。

まず事の起こりは去年末に書店で何の気なしに棚にあったこのシリーズの背表紙が目に飛び込んできたことです。本当にまったく前提知識がなかった上背表紙を見ただけだったので、どういう作品なのか分からず、そのときは手に取りもしなかったのでどんなジャンルなのかさえ分かりませんでした。ぼんやりと三国志みたいなものかなぁ、と思ったくらいでした。

それで済んでいれば多分すぐに忘れていたと思うのですが、年末に実家に戻ったときにケーブルTVかなにかでNHKの番組を見ていると、十二国記のアニメの総集編みたいなものをやっていました。おっ、これって前にちらっと見たあれだなぁ。と思って観ていたらどうやらちょっと中華風味のファンタジーのようでした。

まあ気になったのでウェブで検索してみると、ファンサイトがあったりなかなか人気は高いようです。それに何より、ほんのちょっとした気の迷いで目を付けてしまって気になる、ということが大事でした。もう読み継いでいるシリーズは結構あるしこれ以上正直言ってあまり増やしたくはないのですが、わたしにとって本との出会いはしばしば運命的なのでこれも運命の出会いかなぁーと勝手に思ったわけです。

でまず最初の1、2巻を読んだのですがこれがガッカリの出来。プロットもアイデアも悪くないと思いますが筆致が巧くないんです。

あれー、ひょっとして外したかな、と思ったのですが一応次の巻も読んでみると大分巧くなっている。読み進めるとだんだん上手になっていきます。

しかしなかなかここで紹介する気がするほど感動させてもらえないので今まで記事にはせずにこそこそ(ってのも変ですが)読んでいましたが8巻目「図南の翼」でついに紹介する気になりました。

以下引用。

「君は王になったら、贅沢三昧ができるね。
  たくさんの下官が君の足元に身体を投げ出して礼拝する」
「ばかみたい。
  あたし、今までだってそりゃあ贅沢してきたわよ。
  立派な家だってあるし、利発で可愛いお嬢さんだって、
  大切に大切にされてきたんだから」
「なのに荒廃が許せないんだね。……なぜ?」
珠晶は呆れ果てた顔をした。
「そんなの、あたしばっかりだいじょうぶなんじゃ、
  寝覚めが悪いからに決まってるじゃない」
「そう……」
「国が豊かになって、安全で、みんなが絹の着物を着て、
  美味しいものをお腹いっぱい食べてたら、
  あたし着替えたりご飯を食べたりするたびに、
  嫌な思いをせずにすむのよ。
  心おきなく贅沢のし放題よ」
「それよ。結局ね、世間では飢えて死ぬ人もいるんだ、
  って知っているのに、たくさんのご馳走を食べなきゃ
  ならない人間の気持ちなんて、経験してなきゃ分からないんだわ。
  目の前に好きなものがいっぱい並んでいて、
  お腹だって空いているのに、喉が詰まって食べられないの。
  そういう経験ってある?」

ここだけ読むと傍若無人に読めるでしょうがわたしには共感できたし痛快でした。

わたしは広島生まれですが、広島の、それも市内に住む小中学生ならば十中八九平和教育の一環として原爆のことを学びます。多くの場合一度くらいは体験談を聴く事があります。わたしも中学生の時にそういう実習をやりました。招いて話を聞くというのではなくて、町に出て自分たちで体験者を捜して話を聞くというなかなか筋金入りの実習でした。

そのとき「あれは体験しなきゃわからん。興味本位で聴くな」と怒られたことがあります。興味本位も何も、学校で指導された研修なのに不条理な言いがかりではありますが、そもそも戦争後に産まれた人間はそれだけで被爆について語る資格がないんだろうかとちょっと真面目に落ち込みました。

見ると聴くとでは大違い。実際に経験しなきゃ分からない。そういう事もあるでしょうけれど、だからといって理解を拒むのは独善です。誤解されそうなので付け加えると、彼女の台詞は「裕福に育った人間に不遇な生活が理解できるはずない」といった偏見(?)にたいして述べた逆説的命題です。